3月の活動記録。
【観に行ったもの】
3/28 FUJII ROCK FESTIVAL @阿佐ヶ谷 ON THE ROOF+
…伊坂海音、aRO、QUALCIC+TETRA、藤井ノエル
【自分が出演したもの】
なし
緊急事態も解除となりましたので、ぼちぼち復活しましょうか。
3/28 FUJII ROCK FESTIVAL @阿佐ヶ谷 ON THE ROOF+
…伊坂海音、aRO、QUALCIC+TETRA、藤井ノエル
【自分が出演したもの】
なし
緊急事態も解除となりましたので、ぼちぼち復活しましょうか。
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「FUJII ROCK FESTIVAL」
阿佐ヶ谷 ON THE ROOF+にて「FUJII ROCK FESTIVAL」を拝見。
藤井ノエルさんの主催ライブです。
このご時世でライブをやるのはなかなか大変だったと思いますが、
まずは無事開催おめでとうございます。

ノエルさんといえば、高校軽音部時代から大活躍!
まーぶるぼっくす。「キリサメ」や、ロストマン「半死半生」など、
とても印象的な歌声でした。
そんな人の歌を再び生で聴くことが出来たのは、とても嬉しかったです。
もうひとつ嬉しいこと…QUALCIC+TETRA 復活!
まさか伝説のバンドが再び観られるとは!
カルテトらしさはしっかり残しつつ、今の気分を盛り込んだ新曲公開!
もちろんタイトな演奏も健在!
素晴らしき復活ステージでしたね。
伊坂海音さんとaROさんも、いかにも若者らしい元気な歌声で盛り上げてくれました。
全体的にも良い内容のライブだったと思います。
本当に良いもの観せていただきました。
ありがとうございました。
藤井ノエルさんの主催ライブです。
このご時世でライブをやるのはなかなか大変だったと思いますが、
まずは無事開催おめでとうございます。

ノエルさんといえば、高校軽音部時代から大活躍!
まーぶるぼっくす。「キリサメ」や、ロストマン「半死半生」など、
とても印象的な歌声でした。
そんな人の歌を再び生で聴くことが出来たのは、とても嬉しかったです。
もうひとつ嬉しいこと…QUALCIC+TETRA 復活!
まさか伝説のバンドが再び観られるとは!
カルテトらしさはしっかり残しつつ、今の気分を盛り込んだ新曲公開!
もちろんタイトな演奏も健在!
素晴らしき復活ステージでしたね。
伊坂海音さんとaROさんも、いかにも若者らしい元気な歌声で盛り上げてくれました。
全体的にも良い内容のライブだったと思います。
本当に良いもの観せていただきました。
ありがとうございました。
シン・エヴァ。
「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」を鑑賞。

感想「なげ〜よ!」😎
私はTV版の最終回でOKと思ってる人なので…25年がかりでやっと落とし前つけてくれた的な感慨は無い。
それでも、これはこれで面白かったと思う。
観る価値はありました。

感想「なげ〜よ!」😎
私はTV版の最終回でOKと思ってる人なので…25年がかりでやっと落とし前つけてくれた的な感慨は無い。
それでも、これはこれで面白かったと思う。
観る価値はありました。
母のこと。
3月9日に母が亡くなりました。
身内を亡くすのは寂しいことですが、安らかな死に様だったのが救いです。
直前の土日で親族のほとんどが来てくれて、生きているうちに対面出来ました。
亡くなる当日も、朝のうち少しは飲食も出来て、会話も出来る状態でした。
午後から訪問入浴でお風呂に入り、その2時間ほど後には息を引き取ってしまいました。
看護師さんから、そろそろお葬式のことも考えておいた方が良いと言われていた所で、葬儀の見積もりをもらったばかり…というタイミングでもありました。
ちょうど準備が整ったというタイミングで、
世話になった人にはひと通り挨拶も出来て、
長期間苦しんだりすることも無く、
お風呂に入って身ぎれいになった後で、
「こんなにキレイな死に方が出来るのか!」
お手本にしたくなるような最期でした。
11日に通夜、12日に葬儀。
喪主を初めて務めました。
おかげさまで無事に終えることが出来ました。
ありがとうございました。
- - - - - - - - - - - -
葬儀の日、雨予報だったのにどうにか持ちこたえ。
夜になってから大雨!
翌日ほぼ一日降り続きましたが、夕方には上がってキレイな夕焼けでした。
所によっては虹も出たようですね。
きっと母も、虹の橋を渡って極楽浄土に行けることでしょう。
その雨で空気がキレイになったでしょうか?
今日は久しぶりに富士山がクリアに見えました。

裏庭にはフキノトウが出ていました。
もうすっかり春なんですね。

母は5月生まれ、亡くなったのは3月。
花が好きで、温かく優しい、まさに春のような人でした。
身内を亡くすのは寂しいことですが、安らかな死に様だったのが救いです。
直前の土日で親族のほとんどが来てくれて、生きているうちに対面出来ました。
亡くなる当日も、朝のうち少しは飲食も出来て、会話も出来る状態でした。
午後から訪問入浴でお風呂に入り、その2時間ほど後には息を引き取ってしまいました。
看護師さんから、そろそろお葬式のことも考えておいた方が良いと言われていた所で、葬儀の見積もりをもらったばかり…というタイミングでもありました。
ちょうど準備が整ったというタイミングで、
世話になった人にはひと通り挨拶も出来て、
長期間苦しんだりすることも無く、
お風呂に入って身ぎれいになった後で、
「こんなにキレイな死に方が出来るのか!」
お手本にしたくなるような最期でした。
11日に通夜、12日に葬儀。
喪主を初めて務めました。
おかげさまで無事に終えることが出来ました。
ありがとうございました。
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葬儀の日、雨予報だったのにどうにか持ちこたえ。
夜になってから大雨!
翌日ほぼ一日降り続きましたが、夕方には上がってキレイな夕焼けでした。
所によっては虹も出たようですね。
きっと母も、虹の橋を渡って極楽浄土に行けることでしょう。
その雨で空気がキレイになったでしょうか?
今日は久しぶりに富士山がクリアに見えました。

裏庭にはフキノトウが出ていました。
もうすっかり春なんですね。

母は5月生まれ、亡くなったのは3月。
花が好きで、温かく優しい、まさに春のような人でした。
北方版三国志。
「三国志」(北方謙三)全巻読了しました。
勝てそうで勝てない蜀がもどかしい!
そして、豪傑も名軍師も死からは逃れられない。
英雄たちの死に様はそれぞれ美しくも切ないものでした。
正史とも演義とも違うけれど、これはこれで良い物語だと思いました。

私は若い頃には曹操に憧れたりもしたけど、今は馬超が羨ましいと思う。
いつしか老いと向き合うようにもなり、天下を取るより安住の地を求める気分になっているのかもしれません。
勝てそうで勝てない蜀がもどかしい!
そして、豪傑も名軍師も死からは逃れられない。
英雄たちの死に様はそれぞれ美しくも切ないものでした。
正史とも演義とも違うけれど、これはこれで良い物語だと思いました。

私は若い頃には曹操に憧れたりもしたけど、今は馬超が羨ましいと思う。
いつしか老いと向き合うようにもなり、天下を取るより安住の地を求める気分になっているのかもしれません。
昭和55年の新聞。
部屋の片づけをしていました。
とある箱の中に緩衝材として入っていた新聞紙…日付が昭和55年11月17日でした。



懐かしいというよりも、良くぞこんなものが残っていたなぁ…と。
君(新聞紙)は、40年以上も中身を守ってくれていたんだね。
ありがとう!
ちなみに中身は電球でした。
今さら電球(白熱灯)なんて使わないから捨てるけど、この新聞は捨てづらい気がするなぁ…😄
とある箱の中に緩衝材として入っていた新聞紙…日付が昭和55年11月17日でした。



懐かしいというよりも、良くぞこんなものが残っていたなぁ…と。
君(新聞紙)は、40年以上も中身を守ってくれていたんだね。
ありがとう!
ちなみに中身は電球でした。
今さら電球(白熱灯)なんて使わないから捨てるけど、この新聞は捨てづらい気がするなぁ…😄
再び主役に!
母…変更の申請が通り、要介護5になりました。
鼻に酸素のチューブが付きました。
その母が言うことには…。
信号の色は「青」っていうけど、目に入ると「緑」なんだよ。
あんたはいつまで起きてるんだい?(まだ午後7時)
寝る暇もないほどコキ使われて大変だねぇ。
母なりに心配してくれているのでしょうが、それに話を合わせるのもなかなか大変です。
- - - - - - - - - - -
そんな中、ふと思ったことがありまして…。
人間、大人になると…特に子供が出来ると…家の中では「お父さん」「お母さん」と呼ばれるようになりますよね。
よその人からも「○○ちゃんのお父さん」なんて呼ばれたりして。
さらに年を取ると、「おじいちゃん」「おばあちゃん」になります。
つまり、主役は子供で、そこからの関係性で呼び方が決まるんです。
職場でも、だんだん肩書で呼ばれるようになったりして…。
前線で戦うのは若手社員になり、ベテランはコーチやマネージャーとしての役割を求められます。
どんな場所であれ、年を取るにつれて主役ではいられなくなり、いずれは「隠居」ということになるのでしょう。
でもね、要介護になると、再び主役になれるんですよ。
現在、我が家にやって来る人の大半は介護関係です。
彼らが「エノモトさん」と呼ぶのは、顧客である母のこと。
私が呼ばれる時は「息子さん」なんですよね。
おいおい、俺もエノモトさんですけど…と言いたくなる時もありますが…。
それでも、人生の残りが少なくなった時にもう一回主役になれるというのは悪くないな…と思った次第。
いろいろあるけど、私は元気です。
鼻に酸素のチューブが付きました。
その母が言うことには…。
信号の色は「青」っていうけど、目に入ると「緑」なんだよ。
あんたはいつまで起きてるんだい?(まだ午後7時)
寝る暇もないほどコキ使われて大変だねぇ。
母なりに心配してくれているのでしょうが、それに話を合わせるのもなかなか大変です。
- - - - - - - - - - -
そんな中、ふと思ったことがありまして…。
人間、大人になると…特に子供が出来ると…家の中では「お父さん」「お母さん」と呼ばれるようになりますよね。
よその人からも「○○ちゃんのお父さん」なんて呼ばれたりして。
さらに年を取ると、「おじいちゃん」「おばあちゃん」になります。
つまり、主役は子供で、そこからの関係性で呼び方が決まるんです。
職場でも、だんだん肩書で呼ばれるようになったりして…。
前線で戦うのは若手社員になり、ベテランはコーチやマネージャーとしての役割を求められます。
どんな場所であれ、年を取るにつれて主役ではいられなくなり、いずれは「隠居」ということになるのでしょう。
でもね、要介護になると、再び主役になれるんですよ。
現在、我が家にやって来る人の大半は介護関係です。
彼らが「エノモトさん」と呼ぶのは、顧客である母のこと。
私が呼ばれる時は「息子さん」なんですよね。
おいおい、俺もエノモトさんですけど…と言いたくなる時もありますが…。
それでも、人生の残りが少なくなった時にもう一回主役になれるというのは悪くないな…と思った次第。
いろいろあるけど、私は元気です。